道徳が教科となり、英語もそのうち、情報は?
時間が足りない
子どもが学ぶ時間、教師が持てるゆとり、その時間がすでに足りません。
子どもが学ぶ時間は、明確に少なくなったのでわかりやすいです。
ただ、学校で学ぶ時間はあまり主ではありません。
学校で学ぶ時間とは、子どもがキッカケを得る時間に過ぎないからです。
本当の学びは、学校から帰ってからの方が多いはずです。:D
これが、本当に足りないのです。
教師のゆとりは、外から見ているとなかなかわかりません。
ですが、6時間目が終われば会議に書類書きが待っており、
放課後に、学級の子どもと 語り合うための時間 が足りません。
朝早くに出勤し、子どもの登校を見守り、お昼は給食指導が入り、
授業が終われば書類書きです。
これでは、こどもの危険信号を見落とすな!と言っても難いのです。
内閣府の「教育再生会議」(とても情けない名称の会議。:P)にて、
道徳を教科に格上げしようという提案がまとまりました。
意欲的に見えつつ、それだけ現状が荒廃しているからとも取れます。
・道徳、「教科」に格上げ案 教育再生会議分科会が提言へ(朝日新聞)
・9月入学、徳育を推進 教育再生会議で論点整理(産経新聞)
・教育再生会議:「道徳」を正式教科に 第1分科会で一致(毎日新聞)
・教育再生会議の分科会、「道徳を正式教科」で一致(読売新聞)
私は、現状が現状なので、それも止むなしとは思います。
ただ、子どもの道徳と言いつつ、学校全体として、教師も保護者にも
同じ道徳に絡む問題を抱えているために、厳しい態度を求めます。:(
本気で道徳を語れる 大人 がいるのか?ということですね。
キッカケとするには、少々恥ずかしい現場の応対がある英語の次に、
道徳が来るのでしょうか。(今も、道徳の時間はありますけどね。)
教育の質を引き上げるための試行錯誤は、やっと実り始めるのでしょうか?
しかし、米国の動きを見ていると、その遅さと形式だけの怖さを感じます。
日本に負けぬようにと必死で動いた米国は、ずっと先を行っています。
・「ICTで学力向上」を証明。教育の情報化加速なるか!?(学びの場.com)
情報教育は、道具としての意味があります。
ですから、これが義務教育の段階で教科になることはないでしょう。
むしろ、そうなったら怖いです。:P
情報機器の効用が明確になることは、とてもうれしいことです。
ですが、そのためには、
現状よりも遥かに高い支援が必要である点を見逃さないことが重要です。
人、お金、時間、をかけたからこその成果は、当然です なのです。
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だから、

1年前から、学校に寄贈されたとする本を探していました。1年前、それはいつになっても学校に入ってきませんでした。司書さんに尋ねても、見つかりませんでした。そして今でも小学校には見あたらないのですが、やっと、図書館で見つけることができました。:D



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